つかめ未来を 新春対談 市長 高島宗一郎×JAXA宇宙飛行士 若田光一

つかめ未来を
市長 高島宗一郎×JAXA宇宙飛行士 若田光一

 2017年10月、九州大学六本松キャンパス跡地(中央区)に「福岡市科学館」が開館します。新しい科学館の名誉館長に就任する宇宙飛行士の若田光一さんと市長の対談が実現しました。新しい科学館について、子どもたちの未来について、大いに語り合います。

高島 福岡市科学館の名誉館長に就任いただき、ありがとうございます。
若田 私が通っていた九州大学の跡地に造られる科学館の名誉館長に任命され、本当に光栄です。
高島 九州大学では、航空工学を学んだんですよね。
若田 はい。父が鹿児島、母が大分の出身で、子どもの頃、埼玉から里帰りのために両親と一緒に飛行機に乗る機会が何度かありました。自分で飛行機を造って飛ばしてみたいと思い、小学校の文集にも「パイロットになりたい」と書きました。

「憧れ」が夢に、そして目標に

高島市長

高島 宇宙に興味を持ったのはいつからですか。
若田 5歳の時です。アメリカのアポロ11号が人類で初めて月に着陸するのをテレビで見て夢中になりました。でも、当時はまだ日本人の宇宙飛行士もいませんでしたし、宇宙飛行は単なる「憧れ」でしかなくて、とても手の届くものではありませんでした。ただ、飛行機にはすごく興味があったので、一生懸命勉強しました。
高島 パイロットではなく、エンジニアになったのはなぜですか。
若田 私が大学生の時に、御巣鷹(おすたか)山(群馬県)にジャンボジェット機が墜落するという大事故が起きたんです。九州大学で航空機の構造の勉強をしながら、「飛行機を安全に飛ばす」ための仕事に強い興味を持ち、念願かなって日本航空の整備の仕事に就きました。目標にしてきた仕事に明け暮れる毎日は、とても充実していました。
高島 そこから宇宙飛行士になったのは、何がきっかけだったのですか。
若田 羽田空港への通勤中にモノレールの中で新聞を読んでいたら、日本人の宇宙飛行士の候補者を募集する、という記事が載っていたんです。
高島 5歳の頃から憧れだった宇宙飛行士に、ついに日本人が応募できるようになったのですね。
若田 まさか自分が選ばれるとは思っていませんでしたが、日本人にとって新しい職業である宇宙飛行士がどのようにして選抜されるのかに興味を持ち応募しました。学科試験や医学的な検査、心理学や英語の面接などが5次試験まで続き、NASA(ナサ)(アメリカ航空宇宙局)のジョンソン宇宙センターでの心理テストなども経て、幸運にもこの仕事に就くことができました。宇宙飛行士の仲間には、天文学や化学等の分野の研究者やパイロット、医者、獣医などいろいろな人がいます。私の場合は、学生時代に学んだ航空工学や、航空機構造の技術者としての実務経験が役に立ちました。
高島 対象を定めて勉強してきたことが、次のステップへとつながったのですね。

宇宙飛行士は「一生学生」

高島市長
約400km上空を周回する巨大な有人施設・国際宇宙ステーション(ISS)。米、露、加、日、欧州など世界15カ国による国際協力プロジェクトで、日本はその一部である「きぼう」日本実験棟を開発し参加 提供:JAXA/NASA

高島 宇宙飛行士になってからも訓練は続くのですか。
若田 さまざまな訓練があります。そして、それが本当に宇宙で遂行できるのかどうか、毎回試験があるんです。それを乗り越えて宇宙に行って仕事をして帰還。また宇宙に行く前には新たな訓練を受け…というように、宇宙飛行士は一生学生みたいなところもありますね。
高島 勉強を始めるきっかけって、年齢に関係なく、学びたいと感じたときからだと思うんです。いくつになっても、新しいものを追求して学んでほしいという気持ちから、科学館の名称を以前の「少年科学文化会館」から“少年”を取って、「福岡市科学館」としました。

高島市長

私たちの地球を守る

高島 宇宙から見る地球は、美しいのでしょうね。
若田 はい。実際に自分の目の前に広がるオアシスのような青い地球を見ていると、大自然の力強さや、そこに命を得ることができたこと、美しいふるさとの惑星があることのありがたさを感じます。そして、夜になると大都市の明かりが目に入ってきます。これは、人間の科学技術が作り出した人工の光。地球の夜景を見ると、人間が環境に与える影響はものすごく大きく、莫大なエネルギーを消費していることを実感します。宇宙へと人類の活動領域を切り開くと同時に、ふるさとであるかけがえのない地球の環境を守ることも、科学技術立国・日本が果たす重要な役割だと思います。

夢をつかもう

若田 私は今、JAXA(ジャクサ)の有人宇宙技術センター長として、「きぼう」日本実験棟で使う実験装置や新しいシステムの開発、「きぼう」の運用管制の取りまとめなどの仕事をしています。併せて次の宇宙飛行に向けた訓練も継続していて、非常に多忙ですが、充実した日々を過ごしています。

高島市長
宇宙で書き初め 提供:JAXA/NASA

高島 次の飛行が楽しみです。それでは、名誉館長からメッセージをお願いします。
若田 福岡市の皆さんには、私の宇宙飛行の際にも多大な応援をいただき、感謝しています。新しい科学館が10月に開館します。ぜひそこで、宇宙や科学への夢を育んでください。皆さん一人一人が、誰にも負けない輝く力を持っています。まだそれに気付いていない人も多いのではないでしょうか。みんなが同じ理想を追求する必要はないし、同じ夢を見る必要もない。自分の興味の対象は何なのかをしっかり考え、このことだったらどんなにつらくても頑張れるという分野を見つけてもらいたいです。

高島市長
ISSのキューポラ(観測窓)から船外を眺める 提供:JAXA/NASA

高島 市民の皆さんが自分の好きなことを見つけて、そこから夢を持ち、明確な目標を立て、それをかなえるために頑張れるよう、市も応援します。
若田 私は挫折を何度も経験しましたが、一生懸命取り組んだときの失敗は、その後の人生の大きな糧になりました。失敗してもそれを教訓にして前へ進んで、皆さんの夢、目標、そして未来をつかんでください。
高島 若田さんが次に宇宙に行くときは、新しい科学館とつないで、子どもたちと交信してください。
若田 はい、ぜひ実現させたいと思います。
高島 さらなる活躍を期待しています。今日はありがとうございました。

若田光一さん

若田光一さん

 昭和38(1963)年埼玉県生まれ。九州大学・大学院卒業。工学博士。JAXA(宇宙航空研究開発機構)所属の宇宙飛行士。
 初の搭乗ミッションは1996年。これまでに4度の宇宙飛行を行う。2013年末から2014年末まで、国際宇宙ステーションに長期滞在し、日本人として初めてコマンダー(船長)を務めた。

宇宙から見た「福岡のまち」

つかめ未来を 新春対談 市長 高島宗一郎×JAXA宇宙飛行士 若田光一

 人類史上最大の宇宙施設・国際宇宙ステーション(ISS)は、サッカー場とほぼ同じ広さを持ち、約90分で地球を一周します。1日に16回日の出と日の入りを見ることができ、日本の上空を1日に1~2回通過する日もあります。宇宙から福岡のまちを見ると、学生の頃を思い出します。

 ISSで使われているカメラのほとんどは、日本製です。4Kカメラで夜景を撮ると、肉眼で見るより鮮明で、細かいところまで写っているように感じます。

(2014年2月24日付の若田さんのツイッターから)

つかめ未来を 新春対談 市長 高島宗一郎×JAXA宇宙飛行士 若田光一
昨晩の福岡の夜景です。天神・中洲と博多駅辺りは一際(ひときわ)明るいですね。宇宙にいても博多ラーメンが恋しいです。

※若田さんは、ISS滞在中に宇宙から見た地球の美しい風景を高画質のカメラで撮影し、ツイッター(@Astro_Wakata)を通じてインターネットで配信していました。若田さんが発表した写真と短文を一冊にまとめた「若田光一の絶景宇宙写真とソラからの便り」(1,620円)が全国書店などで発売中です。

つかめ未来を 新春対談 市長 高島宗一郎×JAXA宇宙飛行士 若田光一

宇宙に行く意味 ~夢、そして豊かな未来のために~

 私たちがISSに行く大きな目的は、宇宙でさまざまな技術や知見を獲得するためです。例えば、宇宙の無重量環境を利用したタンパク質結晶成長実験を、新型インフルエンザウイルス等に対するワクチンや、難病である筋ジストロフィーの進行を遅らせる薬など、医療の分野の開発に役立てています。また、無重量環境に長期間滞在すると、骨密度が低下します。この現象の発生メカニズムを解明することで、地上での骨粗しょう症を克服していく医学的な知見にもつながると考えられます。

 宇宙の全質量のうち観測できるものはわずか5%で、残りの95%は正体不明の暗黒物質と暗黒エネルギーで占められています。「きぼう」には、この謎を解くための観測を行う装置が搭載されています。このように、ISS/きぼうは、宇宙物理学の分野で人類に限りない夢を与えてくれるとともに、遠い将来、そして今日、明日の地上での日常生活を豊かにする技術を創造することに役立っているのです。

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